ゴルフ界のレジェンド ジャンボ尾崎の波乱万丈な人生

日本人のプロゴルファーの中でレジェンドといえば、真っ先にジャンボ尾崎を思い浮かべるゴルフ通が多いでしょう。
ジャンボ尾崎は同じくプロゴルファーである尾崎健夫、尾崎直道を弟に持つ3兄弟の長男、尾崎将司の愛称です。世界ランキング5位にまで上り詰めた日本ゴルフ界のレジェンドで、そんな経歴を見ると一流のゴルファーになるために幼少期の頃からゴルフの英才教育を受けていたのだろうと思ってしまいますが、実はジャンボ尾崎は元プロ野球選手です。

ゴルフ場

高校卒業後西武ライオンズに入団し、1年目から1軍投手として先発を果たして球団からも大きな期待を寄せられていましたが、自分よりも能力が高い同期の投手を目の当たりにし、「野球以外の世界でその選手に勝ちたい」という思いからプロゴルファーへと転身しました。

プロゴルファーへ転身したわずか1年後には日本プロゴルフ選手権で初優勝を果たし、その2年後にはアメリカのメジャー大会であるマスターズ・トーナメントで東洋人として初めて8位入賞を果たしました。

プライベートでは、ゴルフの練習施設を備えた豪邸にフェラーリやランボルギーニなどの高級車が並ぶ派手な生活を送っていて話題になりました。

しかし、多額の負債で破産申請するなど波乱万丈な人生を送っていることでも知られています。そんなジャンボ尾崎はゴルフでは常に前向きで生涯現役にこだわり続け、2002年の全日空オープンではツアー史上最高齢の55歳にして優勝を果たすという快挙を成し遂げました。

今もなお多くのファンに愛されています。